パーキンソン病の妻と介護する夫の日記

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激しい眩暈と吐き気 Mori救急車で運ばれる

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★ 2026年7月9日 午前2時Moriいつものように尿意を催す

最近moriは夜9時から10時の間に床に就く。しばらくの間は今年4月から始めたDuolingoの韓国語講座をやる。でもいつの間にか眠ってしまう。電気をつけたままになっていることが多い。でもこの日は寝室の冷房はつけていたが、明かりはちゃんと消して寝た。そして夜中の2時過ぎいつものように尿意を催したのでトイレに行こうと起き上がる。とその時目の前の壁がぐるぐる回る。その目の回り方は尋常でない。でも部屋の中を伝いながら、トイレの方に必死で歩く。足はヨタヨタ、そのうち激しい吐き気。小便をする暇もなく、便器に先に出たのは口からの嘔吐物。その吐き気の激しさは今まで経験したことがない。Moriは船酔いも車酔いもしたことがない。その昔台風の直後にフェリーに乗って対馬に行ったことがある。その時の波は10メートルを超えるほどで、かなり大きな船が上下に激しく波にもまれる。大概の乗客はゲロのはき通し。Moriの妻も子供も例外ではなかった。でもMoriは特になんともない。そんなMoriを襲った吐き気。これは尋常でない。突然襲った激しい眩暈と吐き気、Moriの頭をよぎったのは、高血圧による脳疾患だった。一生懸命で血圧計で血圧を測った。最高230、最低72、脈拍62。こんな高血圧もこれまで経験がない。確かに最近血圧は高い。かかりつけの医者から血圧降下剤を処方されている。でも、それを飲むと翌日は120-58とかに下がり逆に心配になり、あまり続けては飲んでなかった。でも、さすがに今回はそれを1錠飲んだ。飲んですぐベッドに向かう。ベッドに横になった途端、再び激しい吐き気。またトイレへ。それを朝まで繰り返す。

いつも5時過ぎに起き、朝ぶろを沸かして入る生活。こんな状況でも風呂だけは沸かした。でもとても入ることなどできない。その間ネットで、「激しい眩暈と吐き気、それに高血圧。原因は何か」と必死で問う。答えは「まず脳疾患の疑いがある。脳溢血か脳梗塞、脳神経外科に一刻も早く。救急車を呼べ。」妻は昨年秋にすでに亡くなり、Moriは今や独り者。とりあえず、マイナンバーカードをテーブルの上に用意して、玄関のカギを開けてから、老人仲間で、かって軽い脳梗塞の経験がある近所のEさんに電話した。彼も「それは一刻も早く病院に行かなあかん。救急車を呼ぼうか?」 Moriは自分で119番通報して救急車を手配した。この間、眩暈と嘔吐は続く。

Eさんご夫妻が車で駆けつけてくれた。続いて救急車が到着。玄関のカギをEさんに預け、Moriは担架で救急車の中。そこで救急定員の検査と問診。身寄りの電話番号を訊かれる。最近子供とはLineでしか通話していなく、はっきりした電話番号がわからない。そこでLineで子供を呼び出す。なぜかすぐにつながった。「今救急車の中、眩暈と吐き気がひどく今からH病院に行く。救急隊の方と電話を代わる」救急隊員は長女の電話番号を聞き出し、救急車が動き出す。

H病院は妻が何度となく喉を詰まらせ救急車で運ばれお世話になった病院である。なんと今度は自分がその身になるとは。Mori もいよいよこれまでかも知れないとそんな不安が頭をよぎる。

救急病室につき、救急隊員の担架から、病院の寝台に移る。なぜか自力で移された。やはり眩暈はひどい。移動したとたんに激しい吐き気。看護師さんが慌てて用意してくれた嘔吐受け皿、間一髪で間に合った。そこで二度・三度激しく吐く。それから検査が始まった。

まず点滴から始まった。それに眩暈止めを加え、さらに吐き止めの薬も入れる。しばらくして心電図を取る。その間眩暈吐き気は一向に収まらない。その間医師が時々来ては様子を観ている様子。それからまたしばらくして医師が「念のため頭のCTスキャンをしようと思いますが、よろしいですか?」と訊く。Moriうなずく。CTの順番待ち。CT装置の部屋へ。CTスキャン用の検査台へまた移動。吐き気を一生懸命我慢する。CTスキャンが終わり、再び元の救急病室に戻る。Moriトイレに行きたくなり、看護師さんに訴える。付き添いで病室内のトイレへ。小用を達している間に眩暈、そして吐き気。ついに我慢できなく嘔吐。何食わぬ顔をして寝台に戻る。それからしばらくの間、看護師さんも来ず、医者も来ない。Moriは不安の時を過ごす。

20分くらいたってやっと医者が来た。「今からお宅の近くの耳鼻科の先生に紹介状を書きます。K病院はご存知ですか?  当院には耳鼻科がないので。」と宣う。K病院はMoriも知っている。うなずく。眩暈をしながらMoriは(でも、なんで耳鼻科の?脳のことは何も言わない。ひょっとしたら脳の異常ではないのかも。)と思い、少し安心した。紹介状を待つ間に、付き添いに来てくださったEさんが病室に来られた。Eさんにそのことを伝えたら、EさんもそのK耳鼻科で受診れたことがあり、「先生もよく知っている。帰りにそのまま病院に行きましょう。」と言ってくれた。紹介状を受け取り、会計を済ませ、処方された眩暈止めと吐き気止めの薬を受け取るころには、もう12時半を過ぎていた。午前中の受付時間に間に合わない。そのまま一旦家に帰り午後から受診することになった。

家に帰ったMoriとっくに昼は過ぎていたが、食欲など全くない。有るのは吐き気と眩暈だけ。ベッドに直行。バタンキュウ。午後3時過ぎ目を覚まし、耳鼻科に行こうと起き上がる。Eさんに電話した。Eさん少し躊躇した感じ。それと言うのは、Eさんの車は、奥様が用事で使用中で家にないとのこと。でも、Moriの車で病院に連れて行ってくれるとのこと。本当に迷惑の上にまた迷惑をおかけした。

病院は家から10分ほど。受付済ませ待つこと30分くらい。その時間の長いこと(Moriにはそう感じた)。やっと診察室へ、問診、各種の検査。そして診断。医師が紙切れに書く「前庭神経炎」と。三半規管の炎症とのこと。眩暈止めを飲みながら全治には3か月程度のリハビリが必要と。脳の疾患でない旨横浜にいる長女に電話、大したことないからと伝える。眩暈止めの薬を追加処方され、隣の薬局で薬をもらい家路へ。一刻も早くベッドで寝たい。ところがEさんは、Eさんの家に向かう、どうして?。親切にも奥様がお粥とみそ汁を作って渡してくれた。でも、食欲はなくまたしても家のベッドにバタンキュー。夜8時ごろに起き上がり、おかゆをスプーンで2,3口、みそ汁を少しすすって、処方された眩暈止めと吐き気止めの薬を飲みベッドへ。

翌朝5時過ぎ目ざめ、トイレへ。眩暈は確かにあるが歩ける。トイレにつき小用を済ませて手洗いをしようとした途端、吐き気。嘔吐。そこで吐き止め薬を1錠飲み、朝風呂を沸かす。昨日入れなかったのでぜひ入りたい。そこで初めてスマホのLineを見る。「やっぱり心配だから朝一番の飛行機でそちらに行く。」と。どうもMoriが昨夜寝入っている間に何度も電話していたが応答がなかったので心配したみたい。Moriはさっそく電話を掛けたが出ない。Lineメールで「大したことないから来なくていい。」と出す。でも羽田を出発する時間過ぎてもLineの既読はつかない。

6時半になりいつものようにラジオ体操をする。少しバランスは悪い気がしたが無事に済ませた。風呂に入り、ひげをそり(昨日は髭剃りもできなかったのでいつもより伸びている)をする。いつものように果物を剥き、野菜をゆで、目玉焼きを作り、昨日いただいたお粥とみそ汁で朝食。眩暈止めの薬を飲む。吐き気は催さない。Lineを見たら、「もう羽田に来たから、やはりそちらに行く。」とのメッセージ。8時半ごろ、「今着陸した。」Moriが電話すると二番目の孫娘も一緒に来たらしい。「XX駅近くでJが用事があるのでゆっくりして行く。何か買っていくものあるか?」「それなら弁当買ってきて」。

昼前に彼女たちがMoriの家に着く。Moriは一通りいきさつを説明した。相手はあまり心配していない。Moritあんなに慌てふためいて救急車で病院に運ばれたのに。

「耳石が動いたんでしょ。」「耳石?」「ネットで調べたら、あんたの症状は耳石が動いた時の症状と全く同じ。」Moriは医者は「前庭神経炎」と言った。Moriは「耳石」を知らなかったのでネットで調べた。本当だ、Moriの昨日の症状とおんなじことが書いてある。それでも弁当を食べてから、眩暈止めの薬を飲む。夕食後も薬を飲む。

翌朝は眩暈も吐き気もない。いつもの朝を迎え、いつも通りの生活に戻る。「やはり耳石がちょっと悪さしただけか。やれやれ。」

酒の飲みすぎを天国で見ている母さんからの忠告だ。今後酒を飲みすぎることをしないように!!」娘にこっぴどくお説教された。

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