パーキンソン病の妻と介護する夫の日記

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妻、外反母趾と闘う

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〇 右かと思えばまた左

2006年夏、ともあれ右足の外反母趾は手術した。翌2007年4月 独立医療機構H医療センターで今度は左足の外反母趾手術を受けた。直前、守はばね指でとある整形外科(知り合いからの紹介で)の診察を受けた。その時妻の外反母趾のことを話した。そしたら、近くのH医療センターに外反母趾の専門の医師がいる、と言って紹介状を書いてくださった。

〇 慎重なうえにも慎重なF医師

F医師は前回の横浜の某医師とは全く性格の違う方で、とにかく慎重である。手術も丁寧に時間をかけ、術後の治療も慎重である。特に感染症を恐れ、術後3週間は病院の外には一歩も出してはくれない。自宅は車で10分足らずであったが、土日の一時帰宅も許可してくれない。おかげで手術は完ぺきで、見違えるような左足になった。

〇 F医師の正体

横浜で外反母趾の手術を受ける前、自宅近くの外反母趾の専門病院をネット検索した折、乳がん手術を受けたがんセンターの近くのM病院に専門の先生がいることは知っていた。後で知ったことではあるが、まさにそこにいらした先生だった。さらに、偶然紹介されて守が診察を受けた整形外科の娘(彼女も整形専門の医師)婿だった。不思議な縁である。

〇 一年後右外反母趾の再手術を受ける

左足が完ぺきに元のようになった妻は、F先生に、右足の再手術を懇願した。F医師はほかの先生が一度した手術の再手術はやりたくない。初めてならいいが二度目はうまくいくかは自信がない。とおっしゃる。妻は粘った。根負けした先生はしぶしぶ手術をすることを受けてくださった。手術はとにかく時間がかかった。朝9時から終わったのは午後5時過ぎ、延々8時間に及んだ。待機していた守も待ちくたびれたがF先生は疲労困憊状態だった。苦戦も相当だったのだろう、いまだに会うとその時のことを言われる。

〇 右足内反小指手術

その翌年、右足小指と第二指の手術を受けた。今度は外反ではなく内反だそうである。こちらの手術はぜんかいに比べかなり短時間で完了した。二本まとめてであったが短時間であった。

とにかくF先生には都合三回の手術でお世話になり、今も時々調子を見ていただいている。

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