パーキンソン病の妻と介護する夫の日記

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moriは伝説的なSE(その6)

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☆ 口述筆記させたプログラム

・ 1980年頃Y銀行の2.5次オンと言われたシステム開発の時の話。moriはプロジェクト・マネジャー兼SEとして担当していた。moriは得意のFCPそれも為替関係のFCPを担当するお客様の要員の指導をしていた。前システムの機能を踏襲する(互換性を持たせるため)のは当然のことながら、時代の要求にマッチしたシステムの構築であった。 一通りのシステム設計を終えいざプログラミングのPhaseになったとき,普通はロジックをフローチャートにまとめる作業をしたのちコーディングをして行くのが順序であるが、担当者はどうフローチャートを書けばよいか判らない風で一週間が無為に過ぎた。moriはじっと我慢して、出来上がるのを待っていた。しかしそれから一週間たっても何ら進捗が診られなかった。このままではスケジュールに間に合わなくなる。moriはいきなり、担当者にプログラムの口述筆記をしてもらうことにした。フローチャートなしに始めた。

・ お客様の担当者を前にして、moriはアセンブラー言語(当時はストラクチャード・プログラムと言われるようよかなりマクロ化されていた)ををしゃべりだし、とにかくそのまま記述していただいた。おおよそ3,000ステップ程度のプログラムを1,2日で書いてもらった。

 そしてTSOにより入力作業をしてもらい、プログラムの単体テスト・統合テスト、システムテストと進むわけであるがほとんど問題なく機能を充足していた。それなりに重要システム・プログラムを口述筆記してもらったのはこの時だけであった。ところでmoriはフローチャートを書くのは苦手である。頭の中に浮かぶイメージをそのままプログラム言語(いずれの言語にしろ)で記述していた。フローチャートは必要に応じて後日プログラムを見ながら付け足しのdocumentとして書いていた。でも、客先担当者にはとても不思議な人間に見えたらしい。今も語り草となっている。

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